アスリートインタビュー

Bリーグ初代王者を経験したエリートプレーヤーが乗り越えた挫折

開幕を1ヶ月後に控えたバスケットボール・Bリーグ。7年ぶりの優勝を目指す「横浜ビー・コルセアーズ」に、今年、1人の選手がやってきた。

プロ4年目を迎えるポイントガード・生原秀将(現在、25歳)だ。

大学卒業後に栃木ブレックス・シーホース三河でプレーしたあと、今年の6月に横浜に移籍してきた。

徳島で生まれ育った生原選手の夢は、「地元に恩返しをすること」。

そんな生原選手にこれまでのバスケ人生を振り返ってもらいながら、アスリートとしてのこだわりや今後のビジョンなどファンの方々も知らない裏側について語っていただいた。

【PROFILE】

生原秀将(いくはら・しゅうすけ)


B1リーグの横浜ビー・コルセアーズ所属のプロバスケットボール選手。1994年5月24日生まれ、徳島県出身。高校ではU-18世代の日本のトップエンデバー(一貫指導選手)に選出。大学はバスケの名門筑波大学に進学し、キャプテンも務める。卒業後は栃木ブレックス初の特別指定選手として入団し、B1初代優勝に貢献。その後、シーホース三河で1年プレーしたのちに今年から横浜ビー・コルセアーズに移籍。

まずは勉強第一。本格的にプロを目指したのは大学3年生

ーーバスケットボールを始めたきっかけを教えてください。

生原:父親がバスケットボールが好きでクラブチームでプレーしていたので、夜に行われていた社会人チームに姉と一緒について行っていました。そこにミニバスケットボールのコーチがいたので、誘われたんです。当時はサッカーをやりたかったんですけどね。

ーー最初に興味を持っていたのはサッカーだったんですね。

生原:バスケは練習も厳しかったので、どのタイミングでやめようかなと思っていました。でも小学校4年生くらいからバスケをしていて「自分は得意だな」って思うようになって。得意な遊びを見つけたような感覚でした。

ーーサッカーではなくバスケを選んだ理由を教えてください。

生原:いま茨城ロボッツでプレーしている平尾選手がミニバスの先輩で自分が小1の時の小6の先輩でした。その人がかっこよくてバスケも上手くて、それがバスケにのめり込んだきっかけですね。

ーー将来的にバスケットボールで食べていきたいという思いは当時からあったのでしょうか。

生原:「なれたらいいな」くらいですね。勉強しないといけなかったから、まずは勉強第一で。2番目にバスケという感じで過ごしていました。

ーーでは、いつ頃からプロになりたいと強く思うようになったのでしょうか?

生原:昔から漠然と考えていました。でも実際になれるか分からなかったので、大学1~2年生の頃は就職や教採の事メインに考えていました。本格的にプロを目指したのは大学3年時のインカレ優勝したあたりからですね。スタメンで活躍し自信もついてきて、その頃ちょうどプロから声がかかったので行こうと決意しました。

「推薦で入ったのに…」エリート選手の挫折

ーー中学卒業後は地元・徳島市立高校に進学しウィンターカップに出場。バスケットボールの名門・筑波大学に進学後はいかがでしたか?

生原:筑波大学には推薦で入ったのですが、一般入試で入ってきた選手たちも上手くて、自分が試合に出られないことがあったんです。1学年先輩で現在レバンガ北海道でプレーしている山本柊輔選手も一般ですし、そのほかの先輩も一般で活躍。「推薦で入ったのに一般に負ける」という挫折感のような気持ちを味わいました。

ーー名門大学で、挫折感を味わったのですね。

生原:腐らずにやれたというか、自分はまだうまくなれるという自信はありました。だから努力を続けられたし、そこで自分がこれ以上伸びないと思ったらやめていたと思います。まだまだやれると思ったから続けることができました。

ーー自分はまだ上手くなれるという自信はどこから生まれたのでしょうか?またどうやってその自信を作りだしていたのでしょうか?

生原:その自信がどこから出てくるのか、練習からなのかどうか未だに自分でもわからないです。でも根拠のない自信を持ち、それに自分の可能性を信じて努力し続けることはアスリートにとってとても重要なことだと思います。いまだに自分の中でそこを大事にしているので、周囲のネガティヴな声を反骨心として移せているのだと思います。

「勝って当たり前」と思われることが、一番のプレッシャー

ーーその後筑波大学のキャプテンに成長し、プロの仲間入りを果たしました。レベルの高い戦いの中で、キャプテンやチームの中心選手としてプレッシャーを感じたことはありましたか?

生原:“勝たないといけない”というプレッシャーは味わってきましたが、“勝って当たり前”というプレッシャーが今までで一番きつかったです。そのプレッシャーの乗り越え方はいまだに結局分からない。ただ自分たちができることを手を抜かずに細かいところまでやるしかないのだと考えています。具体的な何か、はいまだに見つかっていないので、逆に見つけるためにいろんなことをやりながらというのが現段階ではいいのかなと思っています。

ーー生原選手に限っては今年から新チーム(横浜ビー・コルセアーズ)と環境が変わります。シーズン開幕を前に感じているプレッシャーはありますか? 

生原:プレッシャーは今のところあまり感じていないです。逆に言えば思い切ってやって、言い方は悪いですが去年は横浜の順位が低かったので、その順位を上げるという気持ちのほうが強い。プレッシャーというよりはチャレンジできるというスタンスでやっているので、今はすごくやりやすいです。

ーーお金をもらってバスケットボールをプレーするというのは、“仕事”と“楽しさ”、どちらが大きいですか?

生原:僕は“仕事”ですね。すごく疲れますし。でもオフシーズンとかバスケを全くしない日が続くと、バスケのビデオを見たりボールを触りたくなったりするので、もちろん好きなんですけど。実際やっているときは“仕事”という感覚のほうが大きいです。

ーープロに入って3チーム目ですが、横浜のファンの皆さんの存在はいかがですか?

生原:すごく声を出してくれて優しい人が多いと思います。とてもありがたいですね。

司令塔として。プロになって変わった、トレーニングの質

ーーバスケットボールが“仕事”になってからは、トレーニングの質も学生のころとは変わったかと思います。

生原:ポイントガードという司令塔のポジションでもあるので、練習でもしっかりやらないといけないというのは昔から心がけているところです。でも食事だったり睡眠という過ごし方の部分は比べ物にならないくらい変わった。自分の知識だけではいけないので、専門家の話を聞いたり、先輩を見たりして学んでいます。

ーー専門家の話を聞いてどのように実践に移しているのですか?

生原:様々な分野の専門家がそれぞれの視点からアドバイスしてくれます。僕が大切にしているのは聞いた話を鵜呑みにするのではなく、自分なりに噛み砕いて本当に為になると思ったものだけを選択し、実践するようにしています。

ーー技術的な部分ではどうでしょうか?

生原:今はシュート力ですね。本当に去年も一昨年もタッチは良くなかったので、シュート力は付けないといけないと思います。

ーーシュート力をつけるために具体的にどのような取り組みをしていますか?

生原:まずシューティングの本数を増やしフォームを固め直しました。それと実際の試合のシチュエーションを想定したシュートドリルをメインに打つようにして改善を図っています。

大学の時は1日1食だったが。。。

ーー食事や睡眠の話がありましたが、コンディショニングについて、こだわりを聞かせてください。

生原:自炊が得意ではないので…。大学生の時は全然、食事に気を遣えてなくて…。1日1食とかしか食べてませんでした(笑)。ですが、「これじゃプロでは戦っていけないな」と思い、プロになってからは、当たり前ですがプロテインを飲むとか、1日3食4食きっちり食べるというのを徹底しました。

ーー1食ってすごいですね。

生原:大学のときまで、本当に食事にこだわりがなかったんです。当時、栄養の先生に前日食べたものを正直に書いて提出する機会があったんですけど、「ぽたぽた焼とぷっちょ」って書いたぐらいでしたから(笑)。

ーーさすがにそれは…。(笑)今はどんな朝ごはんを食べているのですか?

生原:外に行って、定食などを食べています。定食というのがポイントで、バランスを考えています。食事に気を遣うようになってから体のコンディションも良くなり、プレー面でも調子がいいです。

プライベートでも、バスケットシューズを履いている感覚。TENTIAL ZEROの履き心地

ーーパフォーマンスのためには、オフコートの過ごし方が重要だと話す生原選手に、日常用のインソール「TENTIAL ZERO」を履いていただきました。効果は感じられましたか?

生原:一番プライベートでよく履いているスケボーの靴に入れて、買い物に行きました。今まで履いていたペタンとした靴底に【TENTIAL ZERO】を入れると、バスケットシューズを履いている感覚になりました。ちゃんと足を保護してくれている印象です。

ーー足を使うスポーツですから、より大事ですよね。

生原:いかにバスケットボールをやっていないところで体を大事にするかですよね。プレー中は足の裏を気にしてますが、プライベートでも靴をはく時間が長いのにあまり気にしていなかった。出かけて歩くときはインソールを入れて歩くべきだなというのは感じました。

ーーどんな人にTENTIAL ZEROを勧めたいですか?

生原:靴をよく履く人ですよね。僕は家出てここに来るまでサンダルだから。東京とかアレでしょ、駅まで歩いて電車に乗ってまた歩いて会社まで行くんでしょ。だからいっぱい歩く人にはぜひ勧めたいですね。


自らの活躍で、恩返し。生原選手が見据えるビジョンとは?

ーー2020年東京五輪を前に、スポーツ界の注目度は高まりを見せています。より盛り上げていくには、どうしたらいいと考えますか?

生原:バスケットボールに限らず、プロチームがある県とない県ではすごく差を感じます。自分自身徳島にいたときは、プロの試合を観に行くとなると大阪や東京まで行かないといけなかった。そういう機会のない県を悪いとは言わないですが、そういう地域で何か活動をしていくことが日本全体のレベルアップにつながると思います。「日本のトップレベルがどういうバスケをするのか」を動画やビデオでしか見られない、全国大会とかでないと目の前で試合を見るというのがわからない、というのを地方出身の僕自身が感じてきたので、環境を作っていきたいですね。」

ーー観る側だけでなく、プレーする選手たちもより楽しめる環境が欲しいですよね。

生原:「やらされている」と「やっている」では違いますからね。何かの記事で読んだのですが、確かサッカーの監督の話だったかな。「今日は練習休みだ」と告げると日本の高校生は大喜びしますよね。でも外国の高校生は「練習やりたい」って怒るらしいんですよ。その感覚がまず違う。そこをどう底上げしていくか。部活だけではなくスポーツ全体に言えることだと思います。

ーー最後に、生原選手の今後の目標を教えてください。

生原:横浜という素晴らしいチームに入ることができたので、与えられた仕事や役割を全うしていいシーズンを終えられるようにというのが直近の目標です。長期的には、バスケットボールがうまくなりたいと思って続けてきたので、徳島という地元に定期的に何か恩返しをしながらプロ生活を送っていきたいです。


(取材・文=久下真以子)

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