アスリートインタビュー

「目覚めると腕がなくなってた。」事故で腕を失ったパラテコンドー選手の挑戦

今、日本全体で2020年東京オリンピックを盛り上げようと様々な活動が行われているが、オリンピック後に開催されるパラリンピックもオリンピックと同じくらい、いやそれ以上に日本全体で盛り上げるべき大会である。

パラリンピックは世界最高峰の障がい者スポーツ大会で、身体に様々な障害を抱えながらも自身の限界に挑むアスリートの姿は多くの人に感動を与えることは間違いない。

そのパラリンピックで優勝に向けて日々、自身の限界に挑んでいる選手がいる。

パラテコンドーの伊藤力選手だ。

伊藤選手は会社員だった29歳の時に勤務中の事故で右腕をなくし、30歳でパラテコンドーを始める。

「パラテコンドー」は今回の東京大会から新たに採用された新種目で、伊藤選手は国内トップクラスの実力者であるため、初代パラリンピック王者が大いに期待される。

そこで伊藤選手に、これまでの軌跡や競技へのこだわり、パラリンピックへの決意を語ってもらった。

[PROFILE]

伊藤力(いとう・ちから)
1985年生まれ、宮城県仙台市出身。株式会社セールスフォース・ドットコム所属。高校2年時に家庭の都合で北海道へ移住。29歳の時、勤務中に工場で腕を機械に挟まれる事故に遭い、右腕上部を切断。退院後はアンプティサッカー(切断障がい者サッカー)もしていたが、関係者の紹介でパラテコンドーに出会う。2016年7月に東京に移住。2020年東京パラリンピックの正式種目に加わったパラテコンドーで、初代王者を目指している。

モンゴルの強敵に火をつけられて…30歳で世界を目指したきっかけ

――伊藤選手は、結婚後1ヶ月の時に事故に遭いましたよね。

伊藤:はい。当時は北海道に住んでいたのですが、工場での勤務中に右腕が機械に挟まって。手術室に運ばれるまでの記憶はあって、挟まれた自分の腕を見た時は、「これはもう絶対元には戻らないだろうな」って自分の腕を見ながら思いました。そして、翌日、目覚めると腕がなくなっていました。

――自分の腕がなくなっていたのを見た時はどんな気持ちだったのでしょうか?

伊藤:事故で腕を潰された時は、自分の心配より先に家族の顔が浮かび申し訳ない事をしたと思いました。術後、泣いている妻を見て、いつまでも心配をかけてはいけないと感じました。

――自分よりも家族の心配をですか、、、。腕を失くしながらもテコンドーを始めた経緯はなんだったのでしょうか?

伊藤:事故の以前からフットサルをやっていてたので、退院後はすぐにフットサルを再開しました。それから入院中に障害者サッカーもやってみたいと思いアンプティサッカー(肢体不自由な選手たちが松葉杖をついて行うサッカー)を、併せて始めました。その時に、「2020年の種目にパラテコンドーが決まったからやってみない?」と関係者のつながりで声をかけていただいて、「ぜひ合宿に来てください」と言われたのがパラテコンドーを始めたきっかけです。

――実際にテコンドーを始めてみて、いかがでしたか?

伊藤:僕は体が固かったので、最初はイメージ通りに体を動かせず、難しくてあんまり面白さを感じれていませんでした。ですが、競技をはじめて3ヶ月ぐらいの時にアジア選手権に出て、その大会で世界ランク1位のモンゴルの選手に完敗したんです。その時に「4年後にはこの選手を倒す」という目標ができて、自分の中でテコンドーに対する火が付きました。そこから、当時の練習環境や支援状況も見直し、北海道には集中して練習できる環境がないため、その年の夏に東京に拠点を移しました。

――競技を始めて半年で上京。奥様にとっても大きな決断ですよね。

伊藤:もう自分の中では“行く”と決めていたので。協会の方にも「東京にはこういう環境があるから大丈夫だよ」「仕事も見つけているし、道場やコーチも準備しているよ」ということを家族に話をしてもらいました。なので、家族も反対もせず、受け入れてくれました。

少ない競技人口はメリット?世界と日本の差が縮まりつつある理由

――パラテコンドーの競技人口は日本で20人程度。そのうち競技者として取り組んでいるのは10人ほどだそうですね。世界と戦うのは難しいことなのではないでしょうか。

伊藤:例えば、トルコだと競技者だけでも30~40人とかいます。日本ではテコンドーより空手のほうがメジャーですけど、実は世界で見るとテコンドーと空手の人口は同じくらいなんです。だから、腕などに障害があった時に何をするかってなった場合に、海外では結構、テコンドーという選択肢が1番目とか2番目くらいに来るんですよね。そうすると、海外の選手だと若い頃からバリバリに国際大会に出て経験も実績も豊富です。かたや僕は30歳で始めて31歳でデビュー。世界とのギャップは非常に感じます。

――そのギャップは、徐々に縮まってきているのでしょうか?

伊藤:ギャップは縮まってきていると感じます。日本では、合宿をオリンピック代表候補とパラリンピック代表候補で合同でさせてもらっているんです。なので、一緒に組み手をしていると、すごく勉強になります。パラリンピック選手同士のままだったら、今ほどのレベルには到達できていなかったと思います。

――練習メニューなどは合わせてもらったりするのでしょうか?

伊藤:健常のテコンドーと違うことと言えば、頭を蹴ってはいけないということなので、基本的には同じことをやります。例えば、組み手とかは「パラの選手とやるときは上段は禁止」という感じで合わせてもらったりはしています。

――技術以外のところで、オリンピックの選手との交流はあるのでしょうか?

伊藤:情報交換ですね。海外遠征となれば、「今度この国行くんだけど」って、行ったことのある選手に聞くことができ、現地の食事や気候などを参考にさせてもらってます。あとは、くだらない話もたくさんします(笑)。

伊藤選手ならではのトレーニング

――伊藤選手は現在、34歳ですが体力面的には大丈夫なのでしょうか?

伊藤:練習、きついですよ。だって、34歳でバンバン蹴るんですよ(笑)?。だから練習回数をある程度制限して、中身を濃くして、常に100%の練習ができるようにしています。

――量よりも質ということですね。

伊藤:そうですね。練習は回数を多くしてたくさんすればいいっていう訳ではないので。長くだらだらとやっていると次の日の練習に影響が出てきて、自分は100%やってるつもりでも、80%の力しか出せていないんです。それが積み重なって、最終的にはいつのまにか60%くらいにまで下がってしまうというのが僕はすごく嫌で。であれば、練習の回数が少なくても、常に100%の練習ができるようにという感覚を大事にしています。その方が怪我も少なくなりますしね。

――伊藤選手ならではのトレーニングってありますか?

伊藤:道場の練習のほかにも、ボルダリングを取り入れています。パラテコンドーは主に足で攻撃をするんですけど、パンチでの攻撃もあるので上半身も必要なんです。あと上半身と下半身の両方ともウエイトトレーニングをしています。

――実際やり始めてから変化はありましたか?

伊藤:ボルダリングとウエイトトレーニングによって上半身も下半身も筋肉がつきましたし、体幹も鍛えられました。テコンドーは片足で立つ瞬間が多いので、すごくバランスが大事になってくるのですが、片足立ちの時でもバランスが安定するようになりました。

「300〜400gの重さでも、パフォーマンスはめちゃくちゃ下がります。」

――競技以外でのこだわりはありますか?

伊藤:食事ですね。肉・野菜、副菜など栄養のバランスを意識して、摂取するようにしています。

――栄養のバランスは大事ですよね。

伊藤:1年半くらい前にテコンドー協会に栄養士さんが入ってくれて、1週間分の食事報告を提出したら、「全然ダメです。」と言われ、栄養士さんに改善してもらったメニューを妻に渡して、作ってもらいました。やっぱり食べたもので体はできているし、明日効果が出るのではなく2ヶ月後、3ヶ月後に出てくるので、日頃からしっかり必要な栄養を取っていくというのは大事だなと思っています。妻には苦労をかけているので、本当に感謝しかありません。

――食事によって、どんな部分が改善されたんですか?

伊藤:僕は便秘気味だったのですが、その原因を栄養士さんに「朝ごはんがフルーツグラノーラだけだかで、朝にしっかりご飯・おかずを食べないと腸が刺激されないから、お通じが出ないよ」っていわれて。信じてやってみたら本当に改善されました。

――お通じとパフォーマンスの関係はそんなに大きいものなんですか?

伊藤:めちゃくちゃ関係あります。たかだか300gとか400gとかがおなかにたまっているだけじゃないかと思うかもしれませんが、僕は自分の体に敏感なのでその300g〜400gの重さでも、パフォーマンスはめちゃくちゃ下がります。同じ重さの重りをつけて運動するときついじゃないですか。それと同じ原理です。

「最初は少し疲れを感じたけど、それは足がよくなってる証拠」

――競技で足を酷使している伊藤選手に、日常用のインソール【TENTIAL ZERO】を履いていただきました。

伊藤:普段用の靴に入れて履いてます。僕、普段用の靴にインソールを入れたのは初めてでした。基本的にテコンドーは裸足でやる競技なので、インソールはあまり気にしていませんでした。気にしていないというか、僕はできるだけ試合と関係ないものは入れないというスタンスだったので。

――実際使用してみて、いかがでしたか?

伊藤:クッション性がとてもありつつも程よい反発性もあって、とても歩きやすかったです。あとは、このインソールをただ履いて歩くだけで自然と姿勢がよくなり、指が鍛えられて、脱いだ時もその感覚を持てたので、これを試合直前まで履いておけば、非常に効果的かなと思いました。

――実際に日常生活で履いて練習に行って、その感覚があったのですね!

伊藤:足の裏を母指球・小指球・かかとの3点で支える感覚が、脱いでもそのまま残っていました。3点で支えていれば当然体も安定しますし、僕らは特に片足で立つ場面がすごく多いので、支えるということ、バランスという部分が大事になってきます。そういう意味で非常に素晴らしいと思いました。

――アスリートはもちろんのこと、どんな方にお勧めしたいですか。

伊藤:みんな履いた方がいいと思います。営業などの外回りで歩くことが多い人はもちろんのこと、事務作業で座って仕事が多い人は足腰の筋肉が衰えてくるので、足で体を支えることができなくなってきて自然と姿勢が崩れていってしまうので、そういう方にもおすすめだと思います。

――履き始めた時に違和感はありましたか?

伊藤:【TENTIAL ZERO】を履いた時は左足がすごく疲れました。ですが、それは僕は左足が偏平足だったので、本来使えていなけばいけない足の筋肉をインソールが使えてくれるようにしてくれたことでの疲れでした。はじめは疲れましたけど、それが2~3日あたりからはどんどんなくなって、今ではもう全く感じないので、足がよくなってる証拠ですよね。



障害の有無関係無く色々なスポーツを楽しんで欲しい

――2020年東京パラリンピックに向けた目標を聞かせてください。

伊藤:もちろん、金メダルです。さっき話した世界ランク1位のモンゴルの選手と決勝で戦って、得意技のティッチャギ(後ろ回し蹴り)を決めて終わり!というシチュエーションをずっとイメージしていた…のですが、開催国枠のシードの関係で、どう頑張っても準決勝で当たりそうです(笑)。なので、準決勝でその選手に勝って、決勝でもティッチャギを見せれるようにしたいと思います。

――ご自身にとって、金メダルを獲るモチベーションはどこにあるのでしょうか?

伊藤:金メダルを獲ることで、家族も喜んで、周りも喜んでくれたら嬉しいです。自分がやってきたことが間違いじゃなかったっていうことを証明したいです。

――パラテコンドーを見たことがない人たちに向けて、競技の見どころや魅力を教えてください。

伊藤:パラテコンドーの1番の魅力は様々な角度から蹴り出される足技の応酬です。特にパラテコンドーだと、腕に障害があってノーガードで蹴ったり蹴られたりするので、本当に迫力があって面白いと思います。また、日本の選手はその中でも頭を使って戦っています。フィジカルだけだとどうしても海外の選手に劣って勝てないときもあるので、“今こういうのを意識して蹴ったかな?”とか、なかなか難しいかもしれませんけど、その辺りを意識して見ていただけるとよりパラテコンドーを楽しんでみてもらえるんじゃないかと思います。

――パラテコンドーが普及されるために大切なことって何ですか。

伊藤:やっぱり結果だと思います。ロンドンオリンピックでフェンシングの男子団体が銀メダル獲ったとき、すっごくフェンシングが盛り上がって、メジャー級に近いレベルの競技にまでなりました。結果を出せば注目も集まるし、テコンドーをやってみようかなという人も増えてくるはずだと思います。その結果を出すのが一番つらいところですけど…。でも、結果を出すことが普及の一番の近道だと感じています。

――最後にパラテコンドーを通して世の中に対して伝えたいことを教えてください。

伊藤:障害の有無関係無く色々なスポーツを楽しんで欲しいと思います。そのためにパラリンピックの選手がオリンピックに出るくらい日本のパラテコンドーのレベルを上げていきたいです。



(取材・文=久下真以子)

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