アスリートインタビュー

「ストライカーよりもアシストする人間に。」世界の舞台に登りつめた思考法

“苦しい時期をたくさん経験した。”

ベルギー2部リーグのロケレンに海外移籍した小池龍太選手は柏レイソルの公式HPにてサポーターに向けてこう話している。

海外挑戦への第一歩目を終えたばかりの小池選手にこの苦しい時期をどう乗り越えてきたのかを語ってもらった。

【PROFILE】

小池龍太(こいけ・りゅうた)

1995年生まれ、東京都八王子出身。中学高校の6年間、JFAアカデミー福島(日本サッカー協会が設立した組織)でプロサッカー選手を目指す。卒業後は当時JFLに所属していたレノファ山口に加入。1年目から右サイドバックでレギュラーに定着し、チームのJ3・J2昇格に大きく貢献。それが評価がされ、2016年に柏レイソルに移籍。そこでも活躍をし、今年の2019年には海外挑戦を決断。現在はベルギー2部リーグのスポルティング・ロケレンで活躍中。


海外での初戦を終えて

ーー初の海外挑戦。ロケレンでの初戦を終えましたが、緊張しましたか?

小池:緊張はしませんでした。今まで日本でやってきた事に誇りを持っていましたし、その自分を表現できる喜びの方が大きかったです。基本的には今までも試合で緊張する事はなかったのですが、今回は緊張というより自分と向き合い、覚悟を持って海外に来たという責任感の方が強かったと思います。

ーー試合前はどのようなプレーを心がけようと?

小池:とにかく前にプレーする事を心がけました。第一印象というのは大切です。ロケレンの皆さんに、好きになってもらえるよう、ミスを恐れず自信を持って前に前に意識したプレーをする事が大切だと思ってプレーしました。

ーーチームでの練習、初戦の相手含めベルギー2部のレベルはJ1と比べて率直にどう感じましたか?

小池:凄く差があるかと言ったらそうではないかもしれませんが、相手を潰しに行く勢いなどフィジカル的な要素はJリーグにはない所を感じました。

ーー通用した部分、これは海外でも通用するなと思った部分を教えてください。

小池:全てのプレーで通用すると思います。でも全てのプレーでレベルを上げなければ上にはいけないと思います。

ーー逆に通用すると思ってたけど、通用しなかった部分。また、これはもっと伸ばしていかなければならないと思った部分を教えてください。

小池:「速くて強い」という選手が多いので特に守備面ではもっと対人に強くなりたいと思っています。

キングカズさんに憧れて

ーー小池選手、そもそもサッカーを始めたきっかけは?

小池:僕が4歳の時に兄貴と一緒にサッカーを始めたのがきっかけですね。

ーーなぜ、サッカーを?

小池:自然とそこにボールがあったからですかね。サッカーを始める前から兄貴とずっとボールを蹴ってて、それが楽しくてしょうがなくて。当時はただがむしゃらにやってました(笑)。

ーープロサッカー選手を目指し始めたのはいつ頃からですか?

小池:真剣にプロになりたいと思ったのは小学5年生の時です。キングカズさん(三浦一良選手/横浜FC所属)に憧れていたし、いとこの翔哉(中島翔哉選手/FCポルト所属)とサッカー選手の名前を言いあったりしていました。プロサッカー選手がどういう存在で、自分がなれるかどうかを考え始めたのがそれぐらいの歳でした。

夢への一歩目

小池:それで中学生になるタイミングでその夢のために、日本サッカー協会が作ったJFAアカデミー福島(以下:アカデミー)というチームに入るための試験を受けました。

ーー自分から行きたいと?

小池:はい。所属していたクラブでアカデミーのことを知って、すぐに母親に行きたいと言いました。

ーー不安などはなかったですか?

小池:もちろん、アカデミーの全てを知っていた訳ではなかったので不安もありました。ですが、それよりも日本トップクラスの選手、指導者、環境でサッカーができるというのはわかっていたのでプロになるには行くしかないと思いましたね。

試験に合格したが、、、

ーーその強い意志をもってアカデミーの試験に合格して入ったわけですね。ホームシックにはならなかったですか?(笑)

小池:最初の1年間はオスグッドという怪我で全くサッカーができなかったということもあって、家族に会いたくなりましたね。

ーー1年間もサッカーができてない時期があったんですね。

小池:辛かったですけど、自分で決めた道なんだからやるしかないと思って、なんとか復帰まで頑張りました。けど、その復帰後に全国大会があって、その大会でずっとベンチで水汲み係的なのをやって1試合も出させてもらえなかったのは今でも忘れられない経験ですね。

ーー復帰して間もない時期だったからでは?

小池:それもあると思うんですけど、僕も青かったので「水汲みしてるだけなら、ベンチ入らなくてもいいんじゃね?」という感じで、チームの雰囲気が悪くなるようなふてくされた態度を取っていたんです。そしたら、当時の監督が僕に自分をベンチに入れた理由を説明してくれて。

ーーどんな言葉を?

小池:「人として成長する上で一番大事なのは陽の目を浴びていない時に何ができるか。龍太の今の行動はまだ人のことを理解できてない行動だから、それを理解して欲しいと思ってベンチに入れた。」と言われ、ハッとさせられました。

ーーなるほど。

小池:見られてない時にどれだけの仕事ができるか、人の助けになることを常に考えて行動ができるかということですよね。監督のその一言はこれまでの自分のサッカー人生の中でもめちゃくちゃ大きくて、サッカー選手として、人として成長する上での考え方を改められた経験でした。

どうしてもサッカー選手でありたかった理由

ーーその言葉を胸に中高の6年間、プロになるために励んだわけですね。

小池:はい。ですが、高校卒業のタイミングでプロチームに行くことはできませんでした。

ーー当時JFLに所属していたレノファ山口FCに加入されましたよね。

小池:はい。ヴァンフォーレ甲府に練習参加したんけですけど、ダメで、海外にも興味があったのでアルビレックス新潟シンガポールにも行こうかと思ってました。

ーー大学に進むという選択肢は考えませんでしたか?

小池:周りにも勧められていくべきなのかなと少しは思いました。だけど、大学4年間という確保された時間でサッカーをするのは僕の生き方じゃないなと。

ーー小池選手の生き方とはどんな生き方でしょうか?

小池:たとえアマチュア選手だとしても、お金を払って自分のプレーを観にきてくれる環境でサッカーをした方が絶対に成長できるし、常に”挑戦の道”に進む方が自分には合ってると思いました。先延ばしにしたくないという思いもありましたし。それがどうしてもサッカー選手でありたかった理由ですね。

ーーアマチュア選手ということは働きながらサッカーを?

小池:そうですね。午前中練習して午後は週4日でサッカースクールのコーチをして、JFLの時は勝利給と15万円でなんとか生活してました。

ーーサッカーをしながら働くとなると体力·メンタル的な難しさはあったんじゃないでしょうか?

小池:自分の好きなことを子供たちに教えられるのはすごく楽しかったので、辛くはなかったですよ。子供たちが楽しそうにサッカーをしているところを見ると逆に僕が元気をもらえますし。

嫌われたら終わり

ーーなるほど。最初はそのような環境から始まり、毎年一年ずつJFL→J3→J2→J1→そして、今年は海外のベルギーという風にひとつずつ着実にステップアップしていったわけですが、その要因は?

小池:シンプルに試合に出場し続けるためにやってきたことですかね。選手である以上まずはピッチに立つことが全てだと僕は思うので。サッカーは勝つときもあれば負ける時もある。けど、勝った試合でも負けた試合でもピッチに立っていなければ評価すらされないので、どうすれば試合に出れるのかをひたすら考えました。

ーーでは、試合に出続けるために何をしましたか?

小池:まずは誰にも嫌われないようにしました。監督から嫌われたら試合に出してもらえないし、チームメイトから嫌われたら協力してプレーができないからいいパフォーマンスもできない。好んでくれるかどうかは相手次第なので、まず誰からも嫌われないという状況に持っていかないと。みんなから嫌われたらサッカー選手は終わりだと思います。

ーーそれは仲良しこよしということではなくですよね?

小池:もちろんです。僕もチームメイトにきついことや「これ言ったら嫌われるかな」と思うことを言う時もあります。けど、それはその選手のために言ってることなんで、最終的には嫌われないんですよね。きついこと言って嫌われる選手って、自分のために言ってる選手だと思うんですよ。文句とか罵声とか。それは嫌われるよねと。

ーー確かに言い方と伝える内容の問題ですよね。

小池:そうですね。相手のためを思って言うなら、「何をどうしてほしいとか、もっとこうした方がいい」っていうのを相手がプレーに移してくれるような言い方になると思います。それで結果、その選手のプレーが変わったら、それが自分のプレーの助けにもなりますし、「相手のために」思って言ったことが結局は「自分のために」なってると。これが「嫌われない」ということです。けど、それは“第一段階”。

第二段階「チームの歯車は裏で自分が全て噛み合わせてる」

ーー試合に出続けるために誰にも嫌われないようにすることが“第一段階”なんですか?

小池:嫌われないことは僕の中ではあくまでベースです。嫌われない選手であるだけじゃ、上には行けないので、次は同じポジションの選手に勝つためにはどうすればいいかという話になります。攻撃力では自分の方が上回ってるから、守備力を同じぐらいにすれば試合に出れる、とか。あとは監督や選手を知ることですよね。結構、僕は細かいとこ、色々なところを見てます。

ーー例えばどんなところをですか?

小池:「この監督、この選手はこういう時はこういう思考回路になるんだ」とか。「この選手はどういうプレーが好き?嫌い?できる、できない?」だとか。「できないプレーができるようになるためにその選手にどういえばどう響くのか?」とかですかね。

ーーそんなに細かいところまで。

小池:自分が触れられる全ての選手を気持ちよくプレーをさせてあげられるようなチームの潤滑油的な存在になりたいですし、「チームの歯車は裏で自分が全て噛み合わせてる」っていうぐらいになりたいと思っています。チームが歯車が噛み合ってないときはまずは回すことに専念して、回り始めたらそのスピードを徐々に上げてという風に。

ーーそういう選手はチームにとって欠かせない存在となり、試合に出場し続けれるわけですね。

ストライカーよりはアシストする側がいい

小池:なので、これは極論になってしまいますけど、僕は「ストライカーよりもアシストする人間、選手」でありたいです。

ーーアシストする人間、選手。

小池:人の力になれる、手助けができる選手って僕は永遠に生き残れると思っていて。ストライカーは点が取れなくなったら、評価は一気に落ちますけど、ストライカーを助けられる選手は新たにストライカーが変わっても、またその新たなストライカーを助けられることで評価は良いままだと思うんです。

ーーなるほど。

小池:短期的な目でみればストライカーの方が目立ちますし、評価がされやすいですけど、長い目でサッカー人生をみたら、アシストする選手の方が生き残りやすいと思いますし、そういった選手に対するサッカー界の評価も上がってきてると個人的に思います。

ーー黒子的な存在の方が生き残れると。

小池:あくまで極論ですけどね。でも、これはサッカーだけじゃなくて一人の人間としても言えることで、色んな人を助けられる人ってどこでも誰からも必要とされると思うんです。自分だけの力でなんとかしようとすると行き詰まるときがくると思うので。

ーーここで中学時代の監督に言われたあの一言が活きてくるというわけですね。

J1とJ2の間にある壁

ーー柏へ移籍してから、J1とJ2の差は大きいものだと感じましたか?それとも想定の範囲内でしたか?

小池:全然やれないことはないと思ったので、どちらかといえば想定の範囲内でした。J1とJ2の差は年々埋まってきてると思います。それは移籍のウィンドウの流れをみてもそう思いますし。多くのJ2の選手がJ1クラブに引き抜かれていますからね。

ーー確かに年々、J2の選手がJ1に移籍する流れが増えているように感じます。

小池:とは言っても、J2の選手よりもやっぱりJ1の選手の方がクオリティが高いのは間違いないです。J1の選手たちはやっぱりJ1の選手。けど、時間はかかるにせよJ1のレベルに到達できないことはないと思います。今までのJ1とJ2の間には大きな壁があるというイメージはなくなりつつあると思います。

ーーレノファ山口への加入時にJ1の舞台で活躍できることは思い描けていましたか?

小池:思い描けていました。JFLで初出場した試合後のインタビューでも「4年後、J1に行きたい。日本代表に行きたい。」って言いましたからね。

ーーなるほど。では、現在、海外の舞台で戦っていますが、次に見据えてる先を教えていただきたいです。

小池:今はとにかく試合に出てチームの勝利に貢献することで僕を欲しいと言ってくれたロケレンに恩返しがしたいと思っています。もしかしたら僕が他のチームに高く売れることが恩返しになるかもしれません。その時になったら、僕はもう一つ上のステージを目指したいです。

ーー上のステージとは具体的に言うと?

小池:ベルギートップリーグの上位3クラブです。そして、そこからさらにヨーロッパの中堅のクラブ、上位クラブ、あとはドイツの主要クラブといった風にステップアップしていける道は見えています。けど、まだ始まったばかりですし、その時のタイミングもあるので、今はとにかくロケレンで結果を残すことに集中しています。

海外挑戦の理由「世界の流れを読めるようになりたい。」

ーー海外挑戦をしたいと思った理由はなんでしょうか?

 

小池:世界で自分はどれくらい通用するのかというのはもちろんそうですが、世界の移籍、構造、クラブの事情といったサッカーの流れも知りたいし、読めるようになりたいと思ったからです。

ーー世界のサッカーの流れを読めるようにですか。

小池:僕、元々そういったサッカーの流れや構造にも凄く興味があったので。日本ではJFLからJ1まですべてのカテゴリーを経験できたので、それらをある程度は読めるようになりました。なので、次はもっと広い、「世界」のサッカー事情を知りたいなと。

ーーそれを知るためにも海外挑戦を。

小池:はい。それは選手として世界の市場に身を置いてプレーしないとわからないことなので。日本にいてはわからないことなので、海外で挑戦したいと思いました。今はそれを知れるというワクワクしかありません。

ベルギーの移籍理由「一番必要としてくれた。」

ーーでは、海外挑戦をする上でベルギーリーグのロケレンに決めた理由はなんだったのでしょうか?

小池:シンプルに僕を一番必要としてくれたクラブだからです。

ーーロケレンは小池選手のどのようなところを評価してくれたのですか?

小池:運動量です。常に走り続けチームのためにプレーする所を評価していただきました。

ーー他国のリーグやクラブは検討しませんでしたか?

小池:もちろん探しまたし、考えました。ドイツ、オランダ、フランス、ポルトガルなど。ですが、ロケレンが一番欲しいと言ってくれたのでロケレンに行くことに決めましたね。

「言葉は武器。」海外で成功するために

ーー海外の選手が成功できるかどうかの重要な鍵として「コミュニケーション」が挙げられると思いますが、その点に関して問題はありませんか?

小池:まだチームに加入して日は浅いですが、チームメイトとはもう仲良くやれています。結局、ノリなんで(笑)。とはいっても、コミュニケーションの部分は海外で戦っていく上では必要だとわかっていたので、日本にいるときからすでに勉強していました。

ーーすでに勉強されていたんですね。どれくらい勉強されていたんですか?

小池:一日4~5時間くらいですかね。

ーーそんなにも。では、日本では午前中練習して、午後はほとんど勉強という感じですね。チームメイトとは何語で会話を?

小池:英語、フランス語、ドイツ語、フラマン語ですね。彼らはそれらをごちゃ混ぜで話してきます。

ーーピッチ外でのコミュニケーションはノリでなんとかなることはあるかもしれませんが、ピッチ内だとそうはいきませんよね?

小池:確かにその通りでまだまだ監督、チームメイトの言ってることを完璧には理解できない時もあります。なので、通訳の方に助けてもらいながら、理解していますし、通訳の方がいない時は「今の言葉はわからないから違う言い方、違う言語で話してくれ」って言って、理解するようにしています。

ーーそうやって自分から理解しようとする姿勢を見せることで相手からの信頼も得られるようになりますよね。

小池:そうですね。ただ、サッカーでは聞いて理解するだけじゃダメで、こっちの意図も伝えて理解してもらわないといけない。そのためには話せるようにもならないといけないので、今は通訳の方と一緒に勉強をしています。

ーー海外でプレーする日本人選手はコミュニケーションの部分で苦戦することが多いと思いますが、小池選手はその点に関して不安はなさそうですね。

小池:そこはポジティブに捉えてます。言葉は武器なので。その言語を話せるようになったら、一生自分の武器になる。また、話せるようにならないと監督、選手の信頼は得られないと思うので。結局、自分次第です。

足の違和感

ーーこれから世界で活躍するにはケガをしない体づくりやコンディショニングが大事になってくると思いますが、小池選手はこれまでほとんど大きなケガはされていませんよね。

小池:サッカー選手はピッチに立つことが全てなので、コンディショニングの部分は当たり前にやっています。

ーー特にどんなことに気をつけてコンディショニングをしていますか?

小池:食事ですかね。気を遣っていますね。

ーーどのように気を遣っていますか?

小池:日本にいた時、炭水化物を多くとりすぎてしまい、体が重くなってあまりパフォーマンスが良くない時期がありました。それから、夜は炭水化物を多く取らない食事をするようになりましたね。これからこっちの生活や食事にもしっかり慣れて、徐々に日本にいる時のようなコンディションを保っていきたいと思います。

ーーそんな日常から最高のコンディションを保つことを大切にしている小池選手にも、日常用インソール「TENTIAL ZERO」を履いてもらいましたが、いかがでしょうか?

小池:違和感なくスッと履けたのというのが率直な感想です。

ーー違和感なく。

小池:はい。結局、違和感があるかないかが一番大事じゃないですか?違和感があるってことは足に負担がかかってることはもちろんですが、気持ち的にも疲労に感じてしまうと思うんです。常に足が気になっている状態になるので。

ーー確かにそう思います。

小池:僕、前にオーダーメイドの高いインソールをスパイクで履いていたんですけど、違和感があったんで、やめたんです。だから、今回の【TENTIAL ZERO】も少し抵抗感がありながらも履いてみたんですけど、全然違和感がありませんでした。


子どもの足は15歳までに決まる

ーーTENTIAL ZEROはどんなシーンで履いていますか?

小池:【TENTIAL ZERO】は日常の生活で履くスニーカーに入れて履いてます。僕が履くスニーカーは靴底が固いものが多いんですけど、【TENTIAL ZERO】はクッション性があるので、全然疲労を感じなくなりましたね。

ーーどんな人におすすめしたいですか?

小池:足に悩みを抱えている高齢者や社会人の方ですね。【TENTIAL ZERO】を履くことで指でしっかり踏ん張れるようになるので、指の踏ん張りが効かずに「転倒してしまう」や「不安定な歩き方になってしまう」ということもなくなると思います。また、履いたことによって足の大切さにも気づけて、その方々がまた「子供の足のためにも」となっていけばよりいいと思いますね。

ーー子供の足の成長はおおよそ15歳頃までに決まると言われていますしね。

小池:僕も自分の息子にはデザイン性重視の靴よりも息子の足の形、サイズに合ったものを履かせています。足は大事ですからね。

ーー息子さんにもサッカーを?

小池:それは息子が決める事ですがサッカーを知り楽しんでくれるのであれば一緒に楽しくボールを蹴りたいです。


アスリートインタビューの一覧

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