アスリートインタビュー

「練習中は他選手とほとんど話さない。」日本一になるためにしたこと

スタート前の緊張感やスピーディーなレース展開、ハンドルテクニックやレーサー同士の駆け引きが魅力のBMXレース。BMXレースは2020年東京オリンピックの注目すべき種目の一つである。

その東京オリンピックでメダルを獲得するために何年も前からプランを立て、日々そのプランに基づいてトレーニングに励んでいる一人のBMXレーサーがいる。

BMX日本代表の中井飛馬選手だ。

中井選手は7月に全日本選手権を優勝し、今注目度が高いBMXレーサーの一人である。

そんな中井選手にオリンピックに向けてどのようなプランを立てているのか、また日々のトレーニングの裏側について語っていただいた。

【PROFILE】

中井飛馬(なかい・あすま)


BMX日本代表選手。2000年6月24日生まれ、新潟県出身。5歳の時にBMXレースと出会い、12歳で本場アメリカの強豪チームにスカウトされ海外への挑戦を始める。JCF(日本自転車競技連盟)ユース強化育成選手にも選出され、7月に行われた全日本選手権では優勝。現在は2020年東京五輪金メダル獲得に向け活動を続けている。

BMXの練習のためだけに新潟から大阪へ

(自転車に乗っている左から3番目の男の子が中井選手)

ーーBMXを始めたきっかけを教えてください。

中井:BMXを始めたきっかけは僕の実家が経営してる服屋によく遊びに来てくれていたお客さんが誘ってくれたのがきっかけですね。僕の実家から自転車で5分くらいのところにBMXのコースがあって、誘われたので行ってみて、やってみたらハマっちゃいましたね。

ーー初めてBMXをやった時のことは覚えていますか?

中井:あんまり覚えてはいないんですけど、めちゃめちゃ楽しかったことだけは覚えてます。あとこれは父親から聞いた話なんですけど、自転車競技なので最初はみんな怖がるらしいんですけど、僕はそんなの関係なしにスピード出しまくってコースを何周もしてたらしいです(笑)。ジェットコースターとかも好きで、やんちゃな子だったって言われました(笑)。

ーー何歳から始めたんですか?

中井: 5歳の時ですね。

(アメリカの仲のいい友達との写真)

ーーBMXの選手たちはそれぐらいの年齢から始めるんでしょうか?

中井:幼い頃から始める選手は多くて、大体5~10歳ぐらいじゃないですかね。早い子だったら2~3歳とか。だからと言って、それより遅かったらプロになれないとは限らないです。前回のW杯優勝者であるオランダ人選手は12~13歳ぐらいから始めていますから。

ーーいつ頃からBMX選手になろうと思ってたんですか?

中井:BMXを始めた頃からもう自分は選手になるだろうなって思ってました。楽しすぎて、BMX中心の生活ばっかり送ってましたし、他の道は考えられなかったです。

ーーBMXのどの辺が楽しかったのでしょうか?

中井:スピード感、ジャンプの浮遊感、新しいスキルを身につらけれた時の達成感などですかね。あと初めてのBMXの大会も5歳の時だったんですけど、他の選手たちとレースで競い合うのも楽しかったです。それらを味わえるのが本当に楽しくて、朝から晩までひたすらBMXをやっていましたし、僕の出身は新潟で雪がよく降って、BMXができないことが多かったんですが、それでも僕が「乗りたい!」ってわがまま言って。父がBMXの練習のためだけにわざわざ車で運転して大阪まで連れて行ってくれたりしてました(笑)。

ーー新潟から大阪までですか!?

中井:はい。あとは大会や遠征も三重や関東の方が多かったので、その際にも毎回車で何時間もかけて連れて行ってくれていましたし、父が仕事の関係で海外に行くことも多かったので、一緒に連れて行ってもらって海外のレースに参戦させてもらったりもしました。なので、今の僕がこうしてBMXの選手として活動できているのは本当に両親のおかげなので、とても感謝しています。

世界中の9歳たちと対戦した刺激的なレース

(グランドナショナルに参加した時の写真:アメリカで一番大きい大会)

ーー小さい頃から海外のレースにも参加されていたんですね。

中井:はい、9歳の時には世界選手権にも出場しました。世界中の9歳と戦う大会とイメージしていただけるといいかもしれません。あれは本当に刺激的な大会でした。14歳の時からユース強化育成指定選手(その年代の日本代表選手)というBMX選手の強化制度も始まって、それに選ばれて、国外に遠征に行ったりもしてましたし、高校生になってからは半分以上海外で生活してました。

ーー海外が日常の生活だったんですね。BMXは誰に教わっていたんでしょうか?

中井:現在も指導していただいているアメリカ人と日本人の2人のコーチに13歳の頃から教えてもらってて、アメリカ人のコーチは普段はアメリカにいるので、オンラインでやりとりしてます。

ーー英語でやりとりされてるんですか?

中井:はい。

ーーでは、今ではもう英語は問題なく喋れるんですか?

中井:今はもう全く問題なく喋れますね。中学生の頃は国内では優勝してたんですけど国外ではなかなか勝てなかったので、一人でアメリカのBMX選手の家にホームステイしに行ったりもしたことがあって、英語が日常でした。

ーーどうやって喋れるようになっていったんでしょうか?

中井:最初は苦労しました。会話しながら聞き取れなかったところは、会話後に聞き直したり、ノートにまとめたりしてました。けど、それも話さないと改善のしようがないことなので、とにかく「ノリと勢い」でたくさんの人と話すことを意識していったら話せるようになっていました。一人で「どうやったら英語で喋れるだろう」「ちゃんとした英語喋らないと」って考えて勉強していてもしょうがないと思います。アメリカ人なんてこっちが間違った英語喋ってるなんてそんなに気にしてないので。なので、僕は英語を身につける上で「ノリと勢い」は大事だと思います。

無気力。「練習にも行きたくなくなった。」

ーー今までにBMXをやめたいと思ったことはありますか?

中井:やめたいとまではならなかったですけど、去年の世界選手権の準決勝で転倒して決勝にすら進めなかった時は無気力になりました。「なんであんなところで転倒したんだろう」というイライラと後悔ばかりが募って、2週間ぐらい練習にも行きませんでした。

ーーそんなにショックが大きかったんですね。

中井:この大会の3年ぐらい前から「この世界選手権で優勝する」っていう目標を立ててたんです。そして、優勝するためにいつまでにこれだけの実力を身につけて、そのためにはこれとこれをしなきゃいけないなというプランも立てたんです。

ーー3年も前からプランをですか。

中井:はい。それで優勝するために立てたプランを実行していって、着実に力をつけて、世界選手権に臨む前にはジュニア*の世界ランク1位にもなって自信を持って大会に臨みました。


*BMXのカテゴリー:チャレンジレベル(5〜16歳)・チャンピオンシップレベルのジュニア(17~18歳)・チャンピオンシップレベルのエリート(19歳~)←プロ選手

ーーけど、それだけ準備して実力と自信もつけたのに。。。

中井:はい。当日も調子がよく予選、準々決勝を1位で勝ち進んで、準決勝も決勝に進出できる範囲内でレースができていたんです。けど、他選手と接触とかではなくたった一つの自分のしょうもないミスで一人で転倒して、決勝に進めず「世界選手権優勝」という目標を達成できませんでした。

ーー目標を達成できず、2週間無気力の状態からどのように立ち直ったのでしょうか?

中井:「世界選手権優勝」は直近の目標で、選手としての最終目標は「東京オリンピックでメダルを獲得する」というのが僕の中にはありました。そして、その東京オリンピックに向けて、ニュースなどで他競技の選手たちが活躍して頑張っている姿を見て「自分も落ち込んでられないな。やらなきゃ。」と思って、立ち直ることができました。

ボクシング選手のような雰囲気を

ーー立ち直ってからはどのように改善していったんですか?

中井:まず、なんであんなしょうもないミスをしてしまったのだろうと考えたんですけど、それはやっぱり日頃からのTRで本番を想定できてなかったからだと思ったんです。自分なりにはできていたつもりでしたけど、それでもどこか甘さがあったから、あのようなミスを冒してしまったんだと思いました。

ーーより強く試合を想定してTRに取り組んだということですね。実際にどう取り組んだんですか?

中井:もうTRの全てを試合だと思い込んで練習しました。TRでは他の選手と練習することが多いんですけど、試合では集中するためにレースの前後に他の選手たちと喋ることはないので、コーチとはアドバイスをもらうために話しますけど、他選手とはTRでほとんど喋らないようにしました。

ーー全くですか?

中井:TR前とかはありますけど、TR中はほとんどないです。ボクシングの選手たちって試合前、試合の前日からこいつには負けたくないっていうオーラというか雰囲気が漂ってるじゃないですか。それは試合だけじゃなくても、練習のスパーリングからもそうでスパーリングの相手を本気で倒す気で臨んでるのでTRの合間とかに仲良く他選手と話合うなんてことないと思うんです。

ーー確かにボクシング選手が勝負に対して醸し出すオーラや雰囲気みたいなものはすごいものを感じます。

中井:BMXも競技は違えど、それぐらいのスタンスというか迫力、緊張感を持って日頃からのTRに臨まないといけないなと僕は思ったので、試合を想定して他選手とTR中はほとんど喋らないようにしましたし、練習でも緊張するようになりました。

ーーそのように取り組んだことによって試合にはどのように臨めるようになりましたか?

中井:練習と同じことを試合でやればいいだけのことなので、試合のパフォーマンスにムラはなくなりましたし、実際にこの前の全日本選手権では優勝することができました。



「コツコツと力をつけるのが一番の近道なんです。」


(2019年全日本選手権優勝時)

ーーTRへの臨み方以外に実際に競技のプレーの観点で改善したことはありますか?

中井:僕の課題として「スタートダッシュ」がありました。スタートダッシュは一瞬の速さを生み出すためのパワーが必要なため、他選手に体格で劣る僕は自分の持ってる100の力を出せるようにする必要がありました。そのために、ピーキングという方法でパフォーマンスUPとコンディションの調整をするようにしました。

ーーピーキングとはどのような調整の仕方なのでしょうか?

中井:ピーキングとは自分の能力を高めつつも、大会の時に自分のコンディションをMAXの状態に持っていく調整法です。自分を高めるために強度の高いTRばかりしていては疲労ばかり溜まっていきますし、かと言って大会のことばかり気にしすぎて強度の低いTRばかりしてもコンディションは落ちるだけなので、TRで自分を高めながらも大会当日に100%の力を出せるようにするためのプランをコーチと相談して立てました。ここでは強度を落として、ここでは大会から逆算して何日あるから負荷を上げてという風にです。

ーーピーキングをして実際にどうでしたか?

中井:大会に向けてピーキングをしたことによってそれからは自分の100%の力を大会で狙って出せるようになりました。実際に、普通なんの取り組みもせずスタートすれば、出遅れてしまうような選手と対戦しても前に出られるようになったんです。

ーー世界で勝つためにはそのように細かく日々のTRの負荷をコントロールし、体のコンディショニングをする必要があるということですね。

中井:根本的な力はすぐにはつきません。即効性のあるTRというのはその場限りの改善でしかなく、本当に自分の力がついているかと言われればついてないと僕は思います。そのようなTRで力がつくのであれば、みんなそのTRをします。けど、そんな魔法みたいなTRはないので、目標から逆算して1~2年と長い目で見て、コツコツと力をつけるのが一番の近道なんです。そういう意味では僕の最終ゴールは東京オリンピックなので、いまはそこへピーキングをしてる状態で、そのために各大会ごとにもピーキングをしてという段階なんです。

移動から試合は始まっている


(移動時の中井選手愛用のケアグッズ)

ーーピーキングでコンディションを調整しているとおっしゃってましたが、TR以外でコンディションを調整していることはありますか

中井:TR以外でのコンディショニングでいうと、海外での試合や遠征が多いので、移動にはかなり気を付けています。特に飛行機の中での過ごし方ですね。

ーー飛行機での過ごし方とコンディショニングはどのような関係があるのでしょうか?

中井:飛行機の中で長時間同じ態勢で座っていると体が固まって血液の循環が悪くなっちゃうんで、到着後に普段感じないような疲労感を感じるんです。また、その日の夜の寝つきも悪くなり時差調整ができないこともあります。

ーー時差調整にも影響が出てくるんですね。

中井:はい。普段感じない疲労を感じ、寝付けないとコンディションが崩れ、次の日のTRに影響が出て、いいTRを積むことができなくなる。加えて、その疲労は1日では取れず、ちょっとずつ取れていくので、何日間か影響が出る。それは結果的に大会のパフォーマンスにも影響が出てくる。移動から試合は始まっていると僕は思っています。

ーー「移動から試合は始まっている。」ですか。それは飛行機だけでなく、長時間のバス移動の選手にも言えることですよね。では移動中、具体的にはどのようなことをされていますか?

中井:体が固まらないように飛行機の後ろのスペースで最低1回、長距離であれば2回は時間をかけてストレッチをします。またその際にハイパーアイスという振動するフォームローラーを使って、固まった筋肉をほぐしています。あとは座っている間も身体のケアをしたいと思い、お尻の下に座っていても腰に負担がかからないマットを敷いて座っています。

ーーそれらをするのとしないとでは疲労感は違いますか?

中井:全く違いますね。移動中、ストレッチをしなかったことがあったんですけど、その日の夜はなんだか身体が重い感じがして、その後の数日間のTRはいいTRが積めませんでした。

移動の時に絶対に履いているインソール

ーー移動から身体のコンディショニングを入念にされているのですね。現在、TENTIAL ZEROという日常用インソールを履いていただいてますが、移動の際にTENTIAL ZEROを履くことによって効果はありますか?

中井:移動も飛行機だけでなく、空港に行くまで、空港内、空港から現地までというように歩くことが結構多いんです。今まではデザインがカッコいいスニーカーばかりを履いて移動してましたけど、そういったシューズってデザイン重視で足へのケアの部分が全くできていないシューズが多いため、現地についた後、歩き疲れでふくらはぎが張っていることが多かったんです。けど、【TENTIAL ZERO】を履いて移動するようになってからはその疲れも張りも全く感じないようになりました。なので、今は移動の時は絶対に履いています。

ーーTENTIAL ZEROを履いたことによって、足に対する意識は変わりましたか?

中井:変わりましたね。それまでは歩くことに関して、全然気を遣ってなかったんですけど、実際にTENTIAL ZEROを履いて歩いて効果を感じたことによって、歩き方も気にするようになりました。

ーー歩き方をどのように気にするようになったのでしょうか?

中井:僕、歩くときガニ股気味だったんですけど、今ではハッと気づいた時には足をなるべくまっすぐにして歩くように意識してます。そのように、疲労を軽減してくれるという体の外側から効果を与えてくれるだけでなく、今自分の体はどう動いているか・どうなっているかという体の内側から気づきを与えてくれるのも【TENTIAL ZERO】の良さだと思います。

ーー競技中のパフォーマンスにはどのような効果が感じられるようになりましたか?

中井:立方骨が突き上げられて普段から指を使えている感覚がすごくあるので、競技中でも指を使えるようになったと思います。BMXって傾斜やカーブの多いコースを自転車で走る競技なので、ジャンプやコーナーを曲がることが多いんですけど、特にそのジャンプ時&着地、コーナーを曲がる際に指で踏ん張れるようになったというのは感じますね。ペダルをしっかり捉えられていると言いますか。


現役中にスポーツビジネスを学ぶことで

ーー最後にこれまでのBMX一筋の人生を通して感じたBMXの課題を教えてください。

中井:課題は山積みだと思っています。ですが特に改善しなければいけないなと思っているのが、BMXレースの国内大会が少ないことです。来年には東京オリンピックが開催されてよりBMXが注目されると思うので、その注目度を落とさないためにも国内でもっと大会を開催していく必要があるなと思っています。

ーーそんなに国内大会は少ないんですか?

中井:僕は今年まだ国内大会は1回しか参加できなくて、このあとももう1つの大会に参加する予定だけなので、年2回しか国内で戦わないことになります。ですけど、色々な人から「見にいきたい!」って、声を頂くのでそういう人たちのためにももっと国内大会を増やしたいですね。

ーーどうやって増やしていきたいと考えていますか?

中井:実際に僕が開催するとかは難しいので、開催を考えている団体や組織と協力しながら増やしていけたらいいなと考えています。

ーー実際に何かアクションを起こされていることはありますか?

中井:大会開催に関しては特にまだ動けていないですが、動いた時に実行に移せるようにするために、僕は今、日本体育大学のスポーツマネジメント学部に所属してスポーツビジネスを学んでいます。

ーー選手として活動しながら大学にも通われているんですね。

中井:日本にいるときは通っていますが、遠征や大会で海外にいるときはレポートなどで学んでいます。今は大会前なんですけど、合間を見つけてレポート課題をやっています。

ーー主にどんなことを学んでいるのでしょうか?

中井:主にマーケティングやマネジメントのことを学んでいます。現役選手として活動しながら大学に通うことで現場の課題を感じながら学ぶことができているため、これはBMXの発展に繋げられるな、これはBMXじゃなくてこういうところに活かせられるなと自分の中で整理ができています。そして、この学んだものを今後どうBMX界の発展に繋げられるかと色々と考えられることが今はとても楽しいです。


(取材・文=浅岡大貴)

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