アスリートインタビュー

「もうバスケは限界だからやめる。」一度あきらめた夢を叶えられた理由とは。

日本の4大会ぶりのW杯出場、八村塁への日本人初のNBAドラフト1位指名、3年前の開幕以来、成長を続けるBリーグ。今、日本のバスケットボール界はこれまでにない盛り上がりを見せている。

2020年東京オリンピックでは、これまでの5人制に加え3人制(3×3バスケットボール)も正式種目として採用された。この3x3バスケットボールで今、「キレ凄すぎる!」「スピードが半端ない!」とSNSで注目を集めているプロ選手がいる。

八戸ダイムに所属する寺嶋恭之介選手(27歳)だ。

「勝つバスケ」からストリートボール仕込みの「魅せるバスケ」へ。自らのプレーでバスケットボール人気を「盛り上がり」ではなく「文化」として根付かせようとする彼に、これまでの軌跡やバスケに対する考え方、今後のビジョンについて語っていただいた。

【PROFILE】

KYONOSUKE/寺嶋恭之介(てらしま・きょうのすけ)

1991年生まれ、青森県出身。小学4年でバスケットボールを始め、強豪の北陸高校(福井)では副主将としてチームをインターハイ3位に導く。国士舘大学でプレー後、大学4年に引退。1年半のブランクを経てストリートボールをはじめ、ストリートボールリーグ「SOMECITY」の看板選手として活躍。2019年春からは3x3(3人戦バスケットボール)チーム「八戸ダイム」とプロ契約を結び、拠点を青森に移している。バスケットボール界の発展、オリンピック出場、Bリーグ挑戦などさまざまな目標に向けて活動中。


出会いは「スラムダンク」。担任の先生の特別ルール?


ーー寺嶋選手はもともと野球をやっていたそうですね。

寺嶋:小学1年から3年までやっていました。父親が野球をやっていたので、自分の息子にもさせたかったみたいです。毎日毎日、家の庭でキャッチボールをしていて、天気のいい日は広いグラウンドに行ってバッティングして。オフもほとんどご飯食べて野球行ってご飯食べて…みたいな生活を送っていました。

ーーまさに野球少年ですね(笑)

寺嶋:ですが、そんな野球生活を狂わせたのが、小学4年の時の担任の先生の謎のルールだったんです(笑)

ーー謎のルール…?

寺嶋:当時、その小学校はマンガを読むことが禁止だったんですけどその先生はバスケットボールのコーチで、「このマンガだったら休み時間に読んでもいいよ」って言ってくれたマンガがあったんです。

ーーどんなマンガですか?

寺嶋:「スラムダンク」です。僕はクラスの中で一番運動神経がよかったので、先生は僕にバスケをさせたかったのだと思います(笑)。そんな先生の策にまんまとハマり、僕はスラムダンクにどハマりして、そこからバスケットボールを始めました(笑)。

ーースラムダンクだけ読んでいいというのは、なかなかユニークなルールですね(笑)。お父さまは反対しなかったのですか?

寺嶋:かなり反対されました。その時は3日間、口も聞いてくれなかったですよ。でも最終的に「やるなら最後まで頑張れ」って背中を押してくれて。今では父のほうがどっぷりバスケにハマっていて、僕よりもバスケ選手に詳しいです(笑)。

ーー当時から、プロは夢見ていたのですか?それとも別の夢を考えていましたか?

寺嶋:小さい頃は「プロバスケ選手になる」というのを学校の日誌に書いていた記憶はあります。それと同時に、「保育士」になりたいという夢もありました。

ーー保育士にもなりたかったんですね。

寺嶋:はい。実際、バスケ選手になる前は3年くらい児童館で働いていたこともあって、間違いなくその仕事も自分に合っていたと思います。でも「保育士」は何歳になってもできるなと思ったので、今はバスケットボールに専念しています。

忘れかけていた「悔しい気持ち」。勝利と楽しさのはざまで

ーー寺嶋選手はバスケットボールの名門・北陸高校に進学した後、国士舘大学でも活躍しました。エリート街道を歩んできたように見えますが、挫折したことはなかったのですか?

寺嶋:ありましたよ。僕、大学4年生になるときに、バスケ部をやめたんです。

ーーなぜですか?

寺嶋:「自由にやりたい」という気持ちと「求められていたことを体現する」ということが自分の中でぶつかりながらプレーを続けたことで、徐々にプレースタイルも制限されていき、「つまらない」「面白くない」と感じて、バスケに対する熱量が冷めてしまったからです。

ーー「やりたいプレー」と「やらなければいけないプレー」の両立は難しいですよね。

寺嶋:はい。そんな気持ちでバスケをするのは他の人にも迷惑をかけるし後悔も特になかったので、やめました。応援してくれていた父親にも「もうバスケは限界だからやめる」と連絡しました。そこから1年半はバスケをやらなかったですし、ボールすら一切触っていなかったです。

ーー10年以上バスケをやって、そういう心境になったのは初めてですか?

寺嶋:初めてですね。その時は「つまらない」と感じたと同時に「これ以上うまくならない」とも思ったんです。自分の弱さでもあったんですけど、初めて自分で限界を決めていました。それが僕のバスケ人生での挫折です。

ーー大学のバスケ部を辞めて1年半後にストリートボールに出会ったのですよね。どんなきっかけだったのでしょうか?

寺嶋:その1年半は、児童館とバーで昼夜アルバイトをしていたんですけど、ある日友達に「スケートボードをしに行こうよ」って誘われて公園に行ったんです。そしたら隣でバスケをしている外国人のグループがいて、混ぜてもらったんです。

ーー1年半ぶりにバスケを。

寺嶋:はい。そしたらその外国人たちに普通のバスケにはないトリックをされて、ボールも消えたような感じでやられまくったんですよ!それがあまりに悔しすぎて、自分の中で火がついて、そのグループに挑むために働いていたバーも辞めて、毎日毎日、公園に通い始めてた自分がいました。

ーー火がつくぐらいやられたんですね(笑)

寺嶋:はい(笑)。見たことのないバスケだったんですよね。それまでやっていたバスケはルールがあってドリブル、シュート、ディフェンスといったスタンダードの形が自分の中ですべてでした。でも、ストリートボールを見た瞬間に感じたものがあって、一発食らったような感覚を覚えたんですよね。バスケを始めた時と同じような感覚でした。

ーーもしかしたら、まだ寺嶋選手の中でもう一度バスケをしたいという気持ちがあったのかしれませんね。

寺嶋:そうかもしれません。その外国人たちにこてんぱんにされた時に、「もうバスケ辞めたんだからしょうがない」ではなく「絶対負けねーし」という気持ちになって、「自分、まだ悔しい気持ちがあるんだ」って気づかされましたし。

ーーそこからストリートボールを極めていったということですね。

寺嶋:バスケの基礎はあったので、ストリートボールでもだんだん自分の形で勝てるようになっていって、大会に出るまでになりました。すると、ストリートボールリーグの本部に「SOMECITYってリーグでプレーしないか?」とスカウトされて、本格的にバスケに復帰しました。

準備に勝る方法はなし。ポジティブシンキングの秘訣

ーープロとしてバスケを再開してプレッシャーを感じる場面はありますか?

寺嶋:ストリートボールを始めたころは、本番でやりたいことが頭から飛んでしまったり、地に足がつかないっていう感覚を感じることがあったんです。ミスしないようにしようとか、ミスしたらどうしようとか、ネガティブなことを想像して、「失敗しないようにはどうしたらいいか」とばかり考えていました。

ーー他のアスリートの人たちも経験することなのかもしれないですね。

寺嶋:そうですよね。でも、準備をしていると自信がつくじゃないですか。楽しむ気持ちや練習・準備をしっかりしているので、今はコートに立てば自信しかないし、自由にやっています!

ーー準備に勝る方法はないということですね。

寺嶋:自分の映像を見るときに、「これいいかも」ってモチベーションになる場面はありますけど、ダメな時って悔しいし、あまり見たくない気持ちになりますよね。でも、そこで挫折せずにずっとやり続ければ自信につながると思いますし、そう僕は信じてやってきたので、この感覚を覚えました。

練習に必要な要素は「もっとやりたい」と思えること

ーー試合でいいパフォーマンスをするためには、何よりも「準備」が大事というお話ですが、寺嶋選手自身の日々のトレーニングにこだわりはあるのでしょうか?

寺嶋:「強度」ですね。強度とはいってもただ、きつい練習をするのではなく向上心も高まる練習内容が僕は大事だと考えているので、日本ではまだ多くない練習方法を取り入れています。

ーーどんな練習方法ですか?

寺嶋:ボールを2つ使って、有酸素運動を挟んでまたボールを持ってシュート、などというコンボメニューだったり、試合と同じくらいで息を上げたりとか。試合をイメージした練習ですね。

ーー寺嶋選手と言えばキレのあるドリブルが魅力ですが、どれくらいドリブルの練習をされているんですか?

寺嶋:ドリブルの練習は毎日します。雨の日でも20分は屋根のついているところでドリブルをついていますし、毎日ドリブルしないと不安になるので。

ーーそこまで夢中になるドリブルの魅力って何なのでしょうか?

寺嶋:「ハンドリングすごいよね」とか「よくあの場面でドリブルつくよね」っていわれるのがまず自分の評価として嬉しいです。さらにそれに加えて、実は僕はシュートが一番得意なので、ドリブルからフィニッシュまで持っていくタフなプレーはやっていて楽しいです。

ーーもはや、ボールとの一体感ですか?

寺嶋:そうですね。試合前には特に何も考えずにその場のディフェンスの間合いやドリブル時のディフェンスの反応を見て、自分の中で勝手にいろいろやり始めているんです。「ここでこれをやるか?」みたいなことを、自分の中でプレッシャーを与えて楽しんでいます。ドリブル自体は何万種類もありますが(笑)、ドリブルの後にボールの上に乗ったことがある。そこからオフェンスを始めたんですけど、その時は一番観客も驚いていたように思います(笑)

二日酔いは体調不良?寺嶋選手の食事論

ーーいいパフォーマンスのためには、技術だけではなく、体のコンディショニングも大事だと思いますが、何か気を遣っていることはありますか?

寺嶋:食事に気をつけています。タンパク質を摂るとか、試合前日は炭水化物をとるとか。野菜、肉、米も意識して。外食でファミレスとかに行っても注文はすごく考えますね。食物繊維とか、糖質がどうとか、うるさくなっちゃうかもしれないです(笑)

ーー以前から意識していたのですか?

寺嶋:全くしていませんでした。以前は夜中にハンバーガー、朝にもハンバーガー、時々ラーメンも食べていましたからね(笑)。

ーー朝夜にハンバーガーとは(笑)。

寺嶋:ですが、今では全く食べないですし、あと、シーズン中はお酒も一滴も飲まないです。飲むとしても年末年始の帰省ぐらいですかね。以前は付き合いで飲んでいたんですけど、翌朝の寝起きが悪くて、10分寝坊しただけでも「体調を崩している」という感覚になってしまって。きっぱりやめてからは、体調が良くて軽いですね。

「安心する」インソール【TENTIAL ZERO】

ーーそんな日々、体のコンディショニングに気を遣われている寺嶋選手にコンディショニング・インソール【TENTIAL ZERO】を履いていただきましたが、感想を教えてください。

寺嶋:履いた感じ違和感は無く、フィット感というか履き心地はもうめちゃくちゃいい。安心します(笑)

ーー【TENTIAL ZERO】を履いている時と履いていない時でどのような違いがありましたか?

寺嶋:僕、歩く事が凄い好きなのですがたまに足の裏に疲れを感じる時があるんです。ですがこの【TENTIAL ZERO】を履くとフィット感はもちろん、普段あまり意識した事はなかったのですが【TENTIAL ZERO】を使用してるときは全然疲れを感じません!履き心地が何より凄いです!

ーーどのような方にお勧めしたいですか?

寺嶋:アスリートはもちろん、立ち仕事や歩くことの多い色んな方々に是非オススメしたいです!


「ただの盛り上がりで終わるのではなく」。

ーー最近、バスケットボール界は盛り上がりを見せていますが、寺嶋選手自身が感じる課題はありますか?

寺嶋:僕は「日本のバスケットボールをまだまだ盛り上げないといけない、どんな形であってもいいから盛り上げたい」という気持ちがものすごく大きい人間の1人です。今は発信の仕方はいろいろありますし、映像も簡単に発信できる時代です。

ーーその通りですよね。

寺嶋:なので、誰がいつどこで見ているかわからないし、日本のバスケが盛り上がったら世界の誰かが反応してくれるはずだと思って、僕はSNSでプレー動画を発信しています。これはバスケに限ったことではなく、アスリートはもっともっと発信するべきだと思いますね。

ーー3×3がオリンピック種目になったというのも競技への追い風ですね。

寺嶋:オリンピックに向けて日本のバスケットボールの盛り上がりは100%上がり調子で来るだろうし、オリンピックがきっかけでバスケに新たな気持ちで打ち込み始めた選手たちもいると思います。でも一番怖いのは、オリンピックが終わった後に人気が下がっていくのではないかということ。

ーー確かにその懸念はありますよね。

寺嶋:なのでオリンピック後もどんどん新しいものを出していったり、イベント活動などを含めてバスケの見せ方をもっと面白くしていく必要があるんじゃないかと思っています。ただの「盛り上がり」で終わるのではなく「文化」になってほしいので。

ーー文化としてバスケが日本に浸透したら素晴らしいことですよね。

寺嶋:カレンダーに「バスケットボールの日」というのができるくらいに(笑)。

ーー「バスケットボールの日」、面白いアイディアですね(笑)。最後に、寺嶋選手自身の目標を聞かせてください。

寺嶋:正直にいうと、Bリーグも狙っています。そこは自分の練習やそこに向かう自分の姿勢次第では行けると思っているので、1つの目標です。あとは、日本のバスケットボールを盛り上げていきたいです!



(取材・文=久下真以子)

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