アスリートインタビュー

試合中に涙。”この先活躍するなんて無理”と言われてから日本代表のエースになるまで

「彗星JAPAN」と聞いて、どの競技の日本代表か皆さんはパッと答えられるだろうか?

男子ハンドボール日本代表のことを『彗星JAPAN』と呼ぶ。若干23歳でありながら、その『彗星JAPAN』の中心選手として活躍しているのが日本ハンドボールリーグの豊田合成というチームに所属する徳田新之介選手だ。

徳田選手は筑波大学時代から日本代表に選出され続け、大学卒業後はハンドボール強豪国のハンガリーのチームに加入し、プロハンドボール選手としてのキャリアをスタートさせた。

そんな若手ながら海外のトップリーグ・日本の代表で活躍する徳田選手にこれまでのハンドボール人生の裏側について語っていただいた。

【PROFILE】

徳田新之介(とくだ・しんのすけ)


ハンドボール日本代表/日本ハンドボールリーグの豊田合成所属のハンドボール選手。1995年12月6日生まれ、山口県岩国市出身。高校時代から各年代の世代別日本代表に選出。2017年に日本代表に初選出され、以降、日本代表の中心選手として活躍し続けている。ハンガリートップリーグである「K&HリーガのダバシュVSE KC」でプロとしてのキャリアをスタートさせ、現在は日本ハンドボールリーグの豊田合成でプレーしている。

卒業文集「将来はハンドボール選手か野球選手に」

ーーハンドボールを始めたきっかけを教えてください。

徳田:僕がハンドボールを始めたきっかけは僕の両親がハンドボールをやっていたというのが一番の理由ですかね。僕の母親は元ハンドボール選手(徳田尚子さん:オムロンでキャプテンを務めた日本リーガー)で、父も選手ではないですけど海上自衛隊時代にハンドボールをしていたので。それで母親が現役引退後に作ったハンドボールクラブに小学2年生の時に入って、ハンドボールを始めました。ですが、実はハンドボールを始める前から野球もやってて、野球の方をメインでやりながら、ハンドボールは空いた時間にやるという感じでしたね。

ーー最初は野球をメインでやられてたんですね。ハンドボールよりも野球の方が楽しかったのでしょうか?

徳田:勝たなきゃという気持ちでやっていたので、どちらかというとあまり楽しめてはいなかったですね。当時僕が所属していた野球チームは県の中でも強く、子供ながらに「勝つのが当たり前」という周りからのプレッシャーを感じながらやっていたので。

ーーなるほど。では、ハンドボールはどうだったんでしょうか?

徳田:ハンドボールはもう、とにかく楽しかったですね。僕が所属していたハンドボールクラブは「楽しむ」ことに重きをおいていたクラブだったので、ハンドボールを純粋に楽しめました。そんなクラブや恩師のことも好きになり、今ではその恩師とも連絡を取りますし、地元に帰ったらクラブにも必ず顔を出します。

ーーまず「楽しむ」という気持ちはスポーツにおいては大事ですよね。

徳田:はい。あとは目立てるところも楽しかったです。ハンドボールはFP6人とGK1人の計7人という少ない人数、かつ、狭いコートの中でプレーするスポーツなので、とにかくたくさんボールに触れます。そんな中で点を決めたり、フェイントやドリブルで相手を抜いたりして活躍すれば、目立つことができるのでそれが僕にとってはとても楽しかったですね。実際に卒業文集にも「将来はハンドボール選手か野球選手になりたい」と書きました(笑)

ハンドボールだけだと思われたくなかった

ーー本格的にハンドボールを始めたのはいつ頃からですか?

徳田:ハンドボールの楽しさにのめり込んでいったので、中学に上がるタイミングで野球はやめて、ハンドボール一本に絞ってそこから本格的に始めました。

ーー中学校から本格的に始めて結果はどうでしたか?

徳田:本格的に始めてから結果にもこだわるようになって、中学3年生の時には県大会で優勝することができました。

ーー順調に結果も出せていったわけですね?

徳田:いえ、それがそうでもなくて。中学生の時に地元の強豪校と言われていた高校と試合をしたことがあったんですがその試合で2点しか取れなくて、めちゃめちゃ悔しい思いをしました。高校生相手だったとはいえ、こんなにも実力差があって、高校にはこんなすごい人たちがおるんやって思いましたね。それで、あまりに悔しかったし、あんな人たちと一緒にプレーしたいと思って、その負けた高校に進学しました。

ーー完敗を喫した強豪高校にはどのように入ったのでしょうか?

徳田:その高校からは推薦をもらっていたので、推薦入試で入ることもできたのですが、自分で勉強して一般入試で入りました。

ーーそれはなぜですか?

徳田:周りから「新之介はハンドボールの実力だけでその高校に入るんでしょ。その高校から推薦ももらってるし。」といった声や雰囲気があり、皆にそう思われるのが嫌で、スポーツだけじゃなくて勉強もできるんだぞというところを見せて、周りのみんなを見返したかったからです。また、勉強もできれば、他の高校の選択肢も増えるので勉強をしました。結果的には、一般入試という形で完敗を喫した高校にハンドボールの実力でも勉強の実力でも自信を持って行きましたね。

試合中に涙。「あっ、この先、活躍するのなんて無理だ。」

ーー高校でのハンドボールはどうでしか?

徳田:推薦ももらえてましたし、活躍できる自信はあったので、高校でもやれるだろうと思ってました。ですが、高校1年生の最初の試合で岡山県の高校にボコボコにされて、本当に何もできずに負けて、その時に「あっ、この先、活躍するのなんて無理だ」って思いました。

ーーハンドボール選手になるのは厳しいとその時に思ったということですか?

徳田:ハンドボール選手になれるかどうかという以前にその高校で活躍するのさえ無理だなと思いましたね。本当に何もできなさすぎて、試合中は泣きながらプレーしていましたし。

ーー試合中に涙までですか。そのような挫折をどのように乗り越えたのでしょうか?

徳田:その試合後、監督に「新之介、お前の足りないところは利き手側じゃない右手側にドリブルやフェイントで動く、右側への動きだよ。右側への動きができなきゃこの先活躍するのなんて無理だよ。」と言われました。僕は左利きなので「左側への動き」は得意で、「右側への動き」は苦手であることは僕も薄々感じてはいましたが、できないことにそれほど危機感は感じていませんでした。ですが、高校の最初の試合でその苦手な「右側への動き」が全くできないことが原因で大敗し、試合後にも監督にそのように言われてこのままじゃヤバイということに気づかされました。

ーーそれからは「右側への動き」は結構練習されたんですか?

徳田:いやぁー、もうめちゃくちゃ練習しましたね。高校時代はほぼそれに練習時間を費やしたと言っても過言ではないぐらいです。なんなら、チーム練習でも「この練習、俺の右側への動きのための練習やん」って思う時もありました(笑)。ひたすら僕の1vs1の練習とか(笑)。

ーー練習した結果どうでしたか?

徳田:「右側への動き」の改善にひたすら取り組んだことで試合でもその動きができるようになってきて、次第に自信を持ってプレーができるようになっていきました。それは目に見えて結果にも大きく表れて、1年生の時は県予選で敗退して全国大会すら出場することができなかったのですが、2年生の時は全国大会優勝という成績を残すことができましたし、また個人的にも大会得点王という結果も残せました。

ーーハンドボール人生でのターニングポイントとなったわけですね。

徳田:そうですね。この「右側への動き」が身につけられていなかったら、監督が僕に「活躍するのなんて無理だよ」と言ったように本当に僕はハンドボール選手になることができていなかったと思っています。実際にその時に身につけた動きは今では僕の武器にもなっていますし、それのおかげで自信を持ってプレーすることができていますから。なので、自分の苦手なところを明確に指摘してくれ、その改善に一緒に取り組んでくれた監督には本当に感謝しています。

練習試合でも緊張する

ーー結果を出さないといけないというプレッシャーや不安は感じますか?

徳田:僕はプレッシャーというよりもどんな試合でも毎回緊張はしますね。

ーーどんな試合でもいうと、練習試合とかでもですか?

徳田:はい。練習試合でも大きな大会でも小さな大会でも試合の大小に関わらずどんな試合でもです。

ーーそれはどういった緊張なのでしょうか?

徳田:僕がする緊張は「ミスしたらどうしよう」とかっていう緊張というよりかは、両親や友人、僕に応援メッセージをくれるファンの皆さんが僕のプレーをみて、感動してくれたり応援してよかったと思ってもらえるようなプレーができるかという緊張です。勝ち負けの結果もそうなんですけど、それ以前に戦う姿勢であったり、プレーを通して伝えられるのもを体現できるかという緊張ですね。

ーーその緊張をどのように対処していますか?

徳田:バスの移動中や試合の前のロッカールームで今までの自分の良いプレーを見ることですね。あの試合の何分何秒のシーンは良いプレーができたっていう記憶があるから、今日はそのプレーを見ようとかっていうようにして、良いイメージを持って試合に臨むようにしてます。あとは僕のハンドボールの原点でもある「楽しむ」ってことはどんな試合でも忘れないようにしてますね。

ーーみんな「楽しむ」というのは大事だと頭ではわかっていると思うんですけど、実際に試合になるとプレッシャーや緊張を感じて「楽しむ」ことが難しくなりがちだと思います。徳田選手はどのように「楽しむ」気持ちを持っているんでしょうか?

徳田:試合を楽しむには「試合までの準備が大事」だと僕は思います。これまで、勝った試合の後なのに全然楽しくないという試合もあれば、負けた試合なのに今日は楽しかったと思える試合もありました。じゃあ、その違いはなんだろうと考えた時に、思ったのは試合までの準備をしっかりできたかどうかと、「その準備してきたことをしっかり試合で出せたかどうか」の違いだと思ったんです。

ーー負けたのに楽しいと思えるのは不思議な感覚ですね。

徳田:そうですね。確かに選手目線からすると負けたのに楽しかったというのはよくないとは思うんですけど、試合が終わった時に楽しかったと思えなかったら、僕にとってはハンドボールをやってる意味がなくなるので、楽しむためにも試合までの準備は大事にしています。

ーーなるほど。ではその準備の部分についてですが、チーム練習以外でもトレーニングをしているのでしょうか?

ボクシングという新たなトレーニング方法も

ーーチーム練習以外でもトレーニングをしているのでしょうか?

徳田:現在は週2回ほどパーソナルトレーナーの方と柔軟性や体の使い方といったコーディネーション的なトレーニングをしています。また、体作りのために個人でウエイトトレーニングもします。あと、最近始めたのは「ボクシングジム」でのトレーニングですね。

ーーボクシングですか!?なぜそのようなトレーニングをしようと思ったのですか?

徳田:ボクシングのステップの細かさや上半身の動かし方・使い方からハンドボールに活かせるような要素が多いと思ったからです。ボクシングって相手のパンチをかわすためにうまく上半身を動かせないといけないじゃないですか。あの技術は活かせるなと思ったので始めましたね。

ーー実際にはどんなトレーニングをして、どのような効果を得られていますか?

徳田:ボクシングでは基本的な動きを今はしています。3分間動いて、少し休憩という感じでシャドーをしたり、縄跳びをしたり。もちろんミット打ちとかサンドバッグもします。実際にハンドボールでたまにフェイントなどする時、このボクシングトレーニングで身につけた動きが出ているなと感じる時があるので、続けていきたいなと思っています。

海外の強豪国でプロキャリアをスタート

ーー大学卒業後はハンドボール強豪国であるハンガリーでプロ選手としてのキャリアをスタートさせていますが、なぜ海外に挑戦しようと思ったんでしょうか?

徳田:筑波大学のハンドボール部の監督がハンガリー人監督であったこと、また、高校や大学時代から日本代表に選出していただいて、日本代表監督がスペイン人監督であったこと、そして、日本代表の試合で海外の強豪国と試合をする機会が多くあったということから海外の高いレベルや要求をずっとそばで感じてきたため、1日でも早く海外でプレーしたいと思っていたからです。

ーーどのような流れでチームが決まったんでしょうか?

徳田:日本代表の遠征でハンガリーに何度か遠征に行ったんですが、試合をしてハンガリーはとても強い国だし、リーグもレベルが高いと肌で感じ、漠然とここでプレーしたいなという思いがありました。それで、大学卒業間近になった時、その思いがまだあり、大学の監督がハンガリーの方ということもあったため、ハンガリーでチームを探していたんです。

ーー大学の監督に協力してもらいながらチームを探したわけですね。

徳田:はい。すると、日本代表のハンガリー遠征時の僕の試合をたまたまダバシュVSE KCというチームの監督が見てくれており、僕のことを覚えていてくれたみたいなんです。それで、その監督も左利きの選手を探していたらしく、タイミングが上手くあって、僕にオファーを出してくださり、僕もハンガリーでプロハンドボール選手としてのキャリアをスタートさせることに決めました。

海外でプレーして感じた日本との違い

ーープレーの面で感じた海外と日本の違いなどはありますでしょうか?

徳田:チームに加入した当初はあまり出場機会を得られていなかったのですが、ベンチに座っていて試合に出場していないのに「楽しい」と思えたのは日本では味わったことのない初めての感覚でした。

ーーなぜ試合に出場していないのに「楽しい」と思えたのでしょうか?

徳田:日本でプレーしていた時はただひたすら「何で俺を試合で使わないんだ」とか「自分が出てないなら負けてもいい」っていう気持ちでプレーしていました。ですが、海外でプレーしてみて、他の海外のプレーヤーはどうかわかりませんが僕のチームメイトの多くは「自分が活躍しなくてもまずはチームが勝てればそれでいい」という選手が多かったんです。

ーーチームのためにという気持ちが強い感じたわけですね。

徳田:そういうチームメイトをみたり、チーム全員が同じ方向を向いて勝利を目指そうという雰囲気を感じると、必然と自分も「試合に出ていなくても応援したい」「とにかくチームに勝ってほしい」という気持ちになったので、ベンチに座っていても「楽しい」と思えたんでしょうね。もちろん、プロ選手である以上、自分が試合に出場して活躍してチームを勝たせることが一番大事だとわかった上でですけど。

プロになってからより気づいた体のケア

ーープロになってから感じたことはありましたか?

徳田:とにかく体を大事にすることです。もし今ここで前十字靭帯損傷して1年間プレーできない体になってしまえば、来年はクビになるかもしれません。なので、まずは怪我をせず常にプレーし続けられる体を日常からのケアや食事から作ること、そしてそのベースの上で戦える体をトレーニングによって作らなければならないという点に大学生の時よりもだいぶ気を遣うようになりました。

ーー具体的にはどのような体のケアをしましたか?

徳田:トレーニングの1時間前ぐらいには練習場に来て、体のケアをしています。ストレッチやケアグッズを使ったりして体を温めてて、ステップなどで動きを確かめてます。あとは寝る前にも必ずストレッチもするようにしています。怪我をした後に「もっとあれをやっておけばよかった」という後悔はしたくないので、やれることは全部やるようにしています。

ーー競技の前後以外の日常生活においてはいかがでしょうか?

徳田:食事の面でも気をつけるようになりました。ハンガリーでプレーしていた時は普段の練習の日は昼はチームメイトとコミュニケーションを取るためにもクラブのレストランでランチをして、夜は自炊をしてなるべく多く野菜を摂取するように心がけました。ですが、試合や遠征帰りのバスではピザが毎回必ず出てそれをみんなで食べるというのがむこうの習慣みたいだったので、それに合わせるのは大変でしたね。(笑)

「アスファルトの上を裸足で歩いているような感覚」

ーープロになってからより体のケアに気を遣うようになったということですが、現在、徳田選手にも日常用コンディショニング・インソールTENTIAL ZEROを履いていただいてますが、どのような効果を感じられていますか?

徳田:普段履いているスニーカーに入れて使っていますが、最初に感じたのはクッション性があっていいなと感じました。また、競技用のシューズにインソールを入れるということはよくあると思うんですけど、普段の日常用のシューズに入れるということはなかったので新鮮な感覚でした。あと、2~3人に「身長のびた?」って聞かれました(笑)。いきなり身長が伸びるなんてことはあり得ないので、TENTIAL ZEROの効果として姿勢がよくなったのかなと思いました。

ーーTENTIAL ZEROを履いて歩いた時と履かないで歩いた時はどのような違いを感じましたか?

徳田【TENTIAL ZERO】を1週間ほど入れて履いて歩いた後、【TENTIAL ZERO】なしで履いて歩いてみたのですが、なんかアスファルトの上を裸足で歩いているような感覚で、「えっ、この靴大丈夫?」って素直に思いました。「今まで俺、こんな下がペラペラな靴を履いとったんか」って思いましたね。

ーーTENTIAL ZEROを履いてから足のケアに対する意識に変化はありましたか?

徳田:インソールは重要なんだということには気がつけましたね。あと、【TENTIAL ZERO】を履く以前から足指の重要性はトレーナーからも言われていて、足指のストレッチをよくするようになりました。

ーー足指のストレッチしてどのような変化がありましたか?

徳田:まず立った時の感覚が全然違いましたね。地面にちゃんと立てているというか、指をちゃんと使って立てているのをすごく感じましたね。指がしっかり地面についているんです。「今まで全然俺、指使えてなかったんや」と思いましたね。


お客さんが300人ほどしかいなくて少し悲しくなった

ーー最後にアスリートを通して見えてきたスポーツの課題や今後の挑戦&ビジョンなどがあれば教えていただきたいです。

徳田:僕はハンドボール選手なのでその目線からで言うと、ハンドボールの試合における「集客」ですかね。まだ日本で数試合しかしていないですが、この前のアウェイでの試合にはお客さんが300人ほどしかいなくて少し悲しくなりました。ハンガリーでプレーしていた時は多いチームだと5000人、その他のチームも少なくても2000人ぐらい。強豪国であるドイツだと1万人はぐらい。

ーー日本と海外ではそんなに差があるんですか!?

徳田:海外では宣伝しなくても当たり前のようにみんな見に来るんです。「日本でいうと、野球行くか!」という感じで「ハンドボール見に行くか!」みたいな感じで、ハンドボールが生活の一部になってるんですよね。ですが、日本ではまだまだハンドボールが日本人の生活の一部になっていないので、それぐらいのお客さんしか来ません。

ーーなるほど。では、ハンドボールを日本人の生活の一部にするためにどうしていくべきかという考えは徳田選手はお持ちでしょうか?

徳田:僕ができることとしては所属チームでも日本代表でも結果を出し続けることだと思うので、それは当たり前にやっていきたいです。そして、それと同時に今は多くの方に向けて、誰でも簡単に自分の情報や思ってることを発信できるSNSやYoutube、ブログといった媒体がたくさんあるので、それらをうまく活用してまずは一度でいいので、ハンドボールの試合を見にきてもらいたいです。これまで、観に来てくれた人の99%が「面白かった!また見に行きたい!」と言ってくれているので、1回観にきてもらえれば、きっと、また観に行きたいと思っていただけると思います。


(取材・文=浅岡大貴)

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